水たまりノート

- The Puddle Note -

私と男性と音楽(お題「人生で大切な10曲」)

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お題「‪ #あなたの人生で大切な音楽を10曲選んでください‬」

お題で「あなたの人生で大切な音楽を10曲選んでください」というのがあったので、挙げてみる。

私の人生で関わった男性についての話が中心になる。

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嘉門達夫「替え歌メドレー」シリーズ


嘉門達夫 替え唄メドレー3完結編

初めて接する男性と言えば父親だ。

父とは4歳の時に死別した。

急性心不全だった。

父の思い出はほとんど記憶に残っていないのだが、豪華な数十万円するステレオセットと一緒に遺品として残っていたのが「嘉門達夫の替え歌メドレーシリーズのCD」だった。

今のCDより一回り小さい、8cmのCD。

時代を感じる。

実家でこれを見つけたのは私が小学校5年生くらいの時だろうか。

当時は3枚目のRenaちゃんとして校内でも名を馳せていたので、私はこのCDにすぐさま飛びついた。

聴いて学校で歌ってみせると友達の間でプチ流行り。

ひと昔古いメロディに乗せて下ネタ交じりの替え歌を、下校しながら女の子たちと歌い合って帰った。

母子家庭であることを陰で色々言われることもあったので、父親が遺したもので学校の人気者になれるのは何だか誇らしかった。

井上陽水「少年時代」


井上陽水   少年時代.flv

父が亡くなった後、その代わりをしてくれたのはKくんだった。

小学校1年生の時、彼と中庭で話したときのことをさっきのことのように思い出せる。

鉄製、ピンクの汽車の遊具で。

私「何して遊んでるの?」

Kくん「自衛隊ごっこ」

私「私のお父さんも自衛隊だったんだよ、死んじゃったけど……」

Kくん「だからだよ。ぼくがきみのお父さんの代わりになるから」

それが私のちゃんとした初恋だった。

そこから私は高校までの約10年間、彼を思い続けることになる。

Kくんはいつも、友達で、ライバルで、きょうだいで、そして父親だった。

……

彼は所謂いいとこの子でバイオリンを習っていた。

中学2年の合唱コンクール、私たちのクラスは井上陽水の「少年時代」を歌うことにした。

ピアノ伴奏は私。

練習する中でコンクールで優勝するために何かサプライズをしようという話になり、Kくんが間奏部分をバイオリンで弾くことになった。

本番当日。

私のピアノをバックに彼の艶やかなバイオリンの音色がコンサートホールに広がる。

私は、彼のバイオリンが映えるように、映えるようにと、一つ一つの音を優しく、確かに奏でた。

彼がバイオリンを弾き終えた瞬間、聴きに来ていた保護者や生徒が思わず拍手する。

コンクールは優勝だった。

ブルグミュラー「バラード」

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小学生時代は習い事の毎日だった。

中でもピアノは、ピティナには出なかったものの趣味としてレベルの高いところまで頑張ったつもりだ。

私が通っていた個人のピアノ教室は発表会までの3か月間、一つの曲にすべてを捧げる生活をするのが毎年の恒例行事となっていた。

本当にすべてを捧げるのだ。

一日数時間、毎日練習するのは当然で、私はピアノが目の前にないときも学校の机や食卓で手を動かし続けていた。

あまりにカタカタと動かすので授業中に教師から叱られたこともあるが、そんなことは発表会の前では些細なことだ。

ブルグミュラーの「バラード」はメロディを左手で、伴奏を右手で弾くので左手に徹底的に指の動きを覚えこませ、滑らかに動くようにしなければならない。

ストイックな毎日だった。

ショパン「ワルツ第7番嬰ハ短調 Op.64-2」

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自分にテーマ曲を選ぶとするならショパンの「ワルツ Op.64-2」だ。

最後のピアノの発表会で弾いた曲だ。

流れの中に動き、流れの中に動きと意識し、一種の催眠にかかったように弾き続けた。

ネット上では色々な方の演奏が聴けるが、松下日花里さんという方の演奏が私はとても好きだ。

ぜひ聴いてほしい。

AKINO「創聖のアクエリオン」

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高校には大学に進むための予備校としての位置づけしか求めなかった。

中学まではKくんがそばにいたが、彼は県下トップの私立高校へ進学したため、公立高校に進んだ私とは別々になった。

私にはひとつ考えがあった。

東大に進めば彼にもう一度会えるのではないか、そう踏んでいた。

医者になるようなタイプではなかったので、行くとするなら東大しかない。

彼に再び会いたい一心で勉強の毎日だった。

受験をしていた当時CMで流行ったのが「創聖のアクエリオン」。

これをエンドレスリピートにしてiPodでかけ続け、勉強した。

一度再生回数を見たら500回を超えていたのを覚えているのでそれ以上は聴いている。

「If they could see me now」

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しかし東大にはあっさり落ちた。

仕方なく別の学校に進んだ。

大学ではタガが外れたように遊んだ。

6月には学内で彼氏ができた。

彼はかっこよくて、運動神経抜群で、コミュ力が高くて、いかにもリア充といった感じの人で、私がこんな人と付き合えるなんて……と自分で信じられなかった。

私はいわゆる大学デビュー組で、高校まで冴えないガリ勉根暗女子だった。

それが今はどうだ。

こんな彼氏と毎日一緒だ。

地元の同級生たちが見たらどう思うだろう?

自慢したくてうずうずした。

まさに「If they could see me now」だった。

スガシカオ「黄金の月」

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しかし楽しい日々も長くは続かない。

私は躁うつ病を発病し、その面倒を見切れなくなった彼に振られてしまう。

2年の休学を経て、復学した私を支えてくれたのが、スガシカオ大好きボーイだった。

彼は「スガシカオはクズ人間だ」とボロクソ言うくせに好きで好きでたまらない様子だった。

部屋に行くといつもノートパソコンから曲が流れていた。

寡黙な九州男児で、あまり率直に人を褒めるということをしないタイプだったのでこういう愛情表現もあるのかと思った。

彼自身言葉よりも行動で示すし、人を見るときも口はいいから行動で判断する人で、私がうつで動けないときは足をひたすらマッサージして励ましてくれた。

本当に素晴らしい人だった。

山崎まさよし「中華料理」

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けれど私が結婚した相手は別の人だった。

離婚した今言うと、元夫、になる。

とにかく飾らない人だ。

夜景の見えるお洒落なレストランより、ちょっと小汚いが居心地が良くおいしい居酒屋で焼き鳥を頬張るのが好き。

そんな人と堕落した生活を送った。

講義を受け終えたら彼の家に行ってネット閲覧をして過ごし、晩御飯は決まって行きつけの家系ラーメン屋。

ニンニク臭くなって帰宅。

深夜になったらコンビニに行って食べ物をあさり、空が白んできたら寝る。

コンビニからの帰り道、彼は山崎まさよしの「中華料理」みたいな距離感が理想なのだと話してくれた。

「テーブルをはさんだちょっと遠い二人より、触れる肩先の緊張感がいい」

Maroon5「Sunday morning」

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今はMilk(id:maxminkun)とお付き合いをしている。

彼に話したことがあった。

「私の夢はね、Maroon5の『Sunday morning』を聴きながらその情景のままに日曜を過ごすことなの。」

まさか現実になるとは思いもしなかった。

彼はある日曜の朝、不意にスマホをいじってこの曲をかけてくれた。

温かい布団の中で、こんなに幸せなことはない、と思わずちょっぴり涙が出た。

素敵な思い出の曲。

さいごに

色々と関わってきた男性を中心に、大切な曲を挙げた。

意外と好きなアーティストの曲はほぼ無い。

10曲挙げようと思ったのだが、あと1曲が今は浮かばない。

思い出したら追加しよう。