水たまりノート

- The Puddle Note -

ゆとりの私と飲みにケーション

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前職の上司がしきりに言っていたことがある。

「私は部下のAさんの私生活は何も知らない。

就業時間以外、土日に何をしているかも知らない。

また逆も然りだ。

Aさんは私の趣味にも全く興味がない。」

「けれどAさんとは仕事はうまくやれる。

資料について何度もやり取りを重ねた経験があるし、お互いに分かり合っていると思っている。」

「人間関係はそれで十分だ。」

飲みにケーション

飲みにケーションは必要かというのをときどき考える。

自分のプライベートな時間は大事にしたいが、お酒を飲むことが好きな私は、誘われれば飲みに行く派だ。

はじめについた職では飲み会で意気投合したことで取引先のイベントに呼ばれ、業務の幅が広がりコネができた経験がある。

仕事に繋がる飲み会なら歓迎だ。

また飲み会の席で仕事について議論するのも好きだ。

ざっくばらんな話はこういう場の醍醐味だ。

熱いニッポンのサラリーマンの姿を見られるのはなかなかに萌える……もとい、燃えるものがある。

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飲まないと仕事にならないのはおかしい

しかし、飲み会に出ることでボーナスステージのようなことが起こるのは良しとしても、そもそも飲み会に出なければ仕事にならないような働き方はナンセンスだ。

最低限の仕事のことは業務時間内でひと通り終えるべきだし、始めに挙げた上司が言っていたような人間関係はある意味で理想である。

業務時間外、飲み会でのコミュニケーションがなくても仕事において互いに信頼関係を築けていること。

なんとなく欧米チックなドライな感じ。

上司のご機嫌を取るのもおかしい

また上司のご機嫌を取るだけの飲み会も本当は御免だ。

ある程度打ち解けた仲の直属上司を持ち上げるのは楽しいし、お互い機嫌よく仕事ができればそれに越したことはない。

しかしお偉いさんがいてビール瓶を持ってへこへこその席を回る様子はゆとり世代の私はよくわからない。

それなら家に早く帰りたい。

学生ノリもおかしい

じゃあ年上の上司の機嫌取りではなく、仲の良い人と盛り上がれればいいのかというとそれも違う。

たまに学生の飲み会と同じノリ・内容を職場の人との飲み会に求める人が居るが、実はそういった混同がゆとり世代の私たちから飲みにケーションを遠ざける一番の原因じゃないかと思う。

職場の人はお友達じゃない。

バカ騒ぎしたくないし、馴れ合いたくもない。

ぼくのわたしの、りそうの飲み会

文句ばかり言っていないでお前の理想の飲み会はどんなだとなると。

共通の目的がある

一つは会の目的がはっきりしているのがいい。

仕事の成功談・失敗談からノウハウを継承しようよ、でもいいし、今やってるプロジェクト実際どうよ?でもいい。

直接仕事の話でなくても、気持ちよくスムーズに業務を行えるように趣味等プライベートの話も交えてコミュニケーション取っておこうよ、でもいい。

何にせよ、参加者全員が共通の目的を持っていると、「それじゃあ、その目的を達成するには一人飲み・友達飲みじゃダメだよね。仕事の人と飲もう」という必要性がわかる。

プライベートの時間を割いているという認識

「各々のプライベートの時間を割いている」という認識を全員が持っていることも大切だ。

これを意識するだけでただの愚痴大会にならないと思う。

愚痴を吐き出す場所は必要だが、それはごくごく仲の良い人としてほしい。

あくまで一般的な職場の人間との飲み会では、改善に繋がらない文句をただ聞くのはあまりメリットがない。

「仕事が第一、プライベートは二の次だから圧迫されてよい」ではなく「仕事と同等かそれ以上に大切な各々の個人の時間を使っている」という考えは、やっぱり現代は必要だ。

まとめ

参加しないと仕事にならない・上司の機嫌取り・学生ノリの飲み会は好ましくないが、目的がはっきりしていたりプライベートの時間を使っているという認識が持てていたりすれば、職場の人との飲みにケーションには賛成だ。

ゆとり世代の代表みたいに自分の意見を言ったが、きっと飲み会に関しては線引きが各々違って、どこを取っても全員が満足することは難しいのだろう。

せめて参加を強要されない、出席・欠席しても問題ないという空気は必要であると思う。